大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和34年(ウ)189号 決定

申請人 山来晋

被申請人 国

主文

本件申請を却下する。

理由

申請人は被申請人が建設省に施行されている北利根川拡幅工事は中止しなければならない、との決定を求め、その理由として、申請人は肩書住所地に本造トタン葺平家建一棟建坪約五坪の家屋を所有し、そこに居住しているのであるが、その場所は霞ケ浦の湖水が北利根川に流出する吐け口の沿岸である。ところで霞ケ浦及び北浦の湖水は北利根川、横利根川及び常隆川を経て利根川と合流し、太平洋に注いでいるが両湖の水位は低く、海水との水位の差は一ないし二米に過ぎない。従つて右河川の水流は極めてゆるやかであつて、海の潮流の影響を蒙り、満潮時には利根川は河口から約八十粁上流まで停水すい有様である。従つて降雨量が多くて一旦湖水が増水すると中々減少しないで、平常の水位に復するに相当の時間を要し、このため両湖の沿岸住民は溢水による被害を度々受けてきた。然るに被申請人は両湖沿岸の干拓計画を樹立し、本新島(干拓面積五五三町歩)、江戸崎(同二二五町歩)、余郷入(同二一〇町歩)田伏及び水原各地区の埋立に既に着手、又はまさに着手せんとしている。又被申請人はこれと併行して国営新利根川土地改良区の事業をおこし、建設省をして浮島西の洲地区において干拓面積一七六町歩の干拓工事を進めており、更に建設省と茨城県との共同事業として、本新島地区の南東、境島地先に二〇町歩にわたつて埋立工事を実施し、建設省をして北利根川の拡幅計画を立てさせ、新らしい提防を構築している。然しこれらの計画に基く工事の進行により両湖の湖面は狭あいとなり、以前は降雨又は強風によつて移動する湖水は沿岸の低湿地帯に遊水したため、沿岸の人家は水害を受けることが少かつたのに、これからは行き場を塞がれた湖水は北利根川への吐け口に集まることになり、右吐け口沿岸に溢水する危険が著しく高まつた。嘗てアイオン台風の際強風と強雨のため霞ケ浦の水位が三米余上つたとき、吐け口附近での溢水のために起つた惨状を知る者には思半ばに過ぎるものがある。霞ケ浦の湖水の吐け口である北利根川の河幅を拡強しても、その下流である常陸川、利根川が従来のまゝでは、湖水の溢水を防ぐことにはなんら役立たないのであるが、右拡幅工事の計画によれば、新たな提防が構築されることになつており、その堤塘によつて申請人の前記所有家屋は、堤塘足の箇処に位することになつている。控訴人は右干拓工事の中止、北利根川の拡幅工事の中止を求めて提訴し、目下東京高等裁判所昭和三三年(ネ)第二、四一六号事件として同庁第十民事部に緊属しているが、被申請人は土地を買収し、川幅拡張工事を強行する気配があり、かくては後日勝訴の判決を受けても、その執行は殆んど不能になる虞があるし、上記の被害を受ける虞は不断に存在する。よつて取敢えず、北利根川の拡幅工事だけでも、その工事中止を求めるため、本件仮処分の申請に及んだ。と述べた。

按ずるに本件の本案訴訟は申請人が被申請人の為した干拓工事による前記家屋の所有権の侵害を、排除せんとするものであつて、直接被申請人のなした行政処分の取消変更を求める訴でないことは、目下同事件を審理中の当裁判所に顕著であるが、被控訴人たる国を相手方として行政庁の処分の効力を争う点からみて、行政事件訴訟特例法第一条にいわゆる公法上の権利関係に関する訴訟であつて、その本質から見て仮処分の関係においては同条にいう行政処分の取消または変更を求める訴と別異に解すべき理由はないから、本件の場合にも右工事の中止を求める仮処分は同法第十条の規定の趣旨に鑑み原則として許されないのであり、同条第二項に掲げるような特別の事情については、その疏明がない。然らば本件申請は不相当であるから主文のとおり決定する。

(裁判官 梶村敏樹 岡崎隆 堀田繁勝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例